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元離宮の気韻を漂わせる門跡寺院
嵯峨天皇(786〜842)の皇女、正子内親王(809〜879。淳和天皇の皇后)は、父帝の離宮をあらためて仏寺とした。大覚寺の始まりである。徳治2年(1307)、後宇多天皇(1267〜1324)の時代に堂宇が整えられたという。 真言宗大覚寺派の大本山として時代を積み重ね、山号は嵯峨山、旧嵯峨御所大覚寺門跡が正称になる。玄関を通ると宸殿【重文】は、後水尾天皇の中宮、和子(まさこ、東福門院)の女御御所を移築したもので、狩野山楽筆の襖絵が見られる。正寝殿【重文】は、歴史的にも貴重な建物で、南北朝和解の会議が行われた。
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五大堂では毎月1日、11日、21日に写経会の法要がある。五大堂の東側に広がる大沢池は、観月会の場所でもあり、毎年、仲秋の名月には、平安の昔を偲ばせる竜頭鷁首の船が池面に浮かび、優美なひとときを演出する。
●9時〜16時30分(写経と拝観の場合は15時くらいの受付) 500円(写経は1巻1000円。所要時間は40分〜1時間)
大覚寺バス停から徒歩すぐ 拝観所要時間40分
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